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ときどき考える。 もしもあの時、某自動車メーカーに入っていたら、どんな職業人生だっただろう、と。 きっとまるっきり違うキャリアを歩んでいたに違いないし、 もしかしたら一回も転職せず、同じ会社で定年まで勤め上げていたかもしれない。 でも、その「もしも」は私には無い。 なぜなら超氷河期にあって、私が最終面接まで突破して内定を取れたのは 最初に入った某日系IT企業だけだったから。 受けては落とされ、受けては落とされする中で、3次面接以降に進むことができた 会社は某自動車メーカー、日系と外資系のIT企業それぞれ1社。 確か外資系ITが少し先行していて、自動車メーカーと日系ITが それより少し遅れて、ほぼ同時進行だったと記憶している。 思い返せば、1998年当時で「日本人の誰もが知っている外資系IT企業」なんて いくつあったかなあ。 先の記事で触れたA社以外にOSで有名なM、外資系というよりもはや日本企業のI、 検索で有名だったY…二桁も挙げられない。「ググる」なんていう言葉もまだ無かった。 私が最終面接まで進んだ某社は、今でこそ業界内では知らぬ人はいないポジションに なっているが、当時は今よりはるかに無名だった。 それでも「超買い手市場」の当時、「親戚知人に自慢できるような 有名企業じゃなきゃ嫌」などと言っている場合ではなく、受かれば本気で 入るつもりの真剣勝負だった。 残念ながら最終面接に相当する三次面接で落ちてしまったのだが、 その後、数回の転職のうちのひとつで、中途採用でその会社に入ることに なるのだから、人生不思議なものである。 それはまた別の話。 とにかく、この時点で「第一志望」を失った私は、残る2社の内定を 取ろうと死に物狂いだった。さもなくば「無職/フリーター」である。 実は、と秘密めかして言うほどのことでもないが、この時私は、 某金融機関のコールセンターで電話オペレーターのアルバイトをしていた。 大昔から非常に有名な大企業であるが、電話オペレーターは全員、 アルバイトというか派遣である。 平日昼間は主婦のオペレーターが多かったのに対して、夜間休日は 女子大生(私は大学院生だったけど)がアルバイトのほとんどを占めていた。 (考えたら当時のコールセンターは逆差別をしていたんだよね。 「男のオペレーターはNG」だったわけで。) 大学生オペレーターのうち、この年が最終学年で就職活動をしていたのは 私を含めて4~5人。全員が、非常に苦しい戦いを強いられていた。 そんな中、センター長(その企業の正社員)から某小説の蜘蛛の糸のような 話がもたらされた。もしよければその会社に就活生全員、コネ採用して あげてもいい、と。 その業種を志望していたのなら、誰もが迷いなく飛びつく話だろう。 なにせその業界内だけでなく、世間一般でも誰もが知る有名企業だ。 正直、コネでなく正面突破だったら絶対に受からない。 ただ就活生全員、本来の志望はその業種ではないとか、コネってどうよ、 という躊躇もあり、最初は全員多少なりともためらっていたんじゃないかな。 私も同様で、金融の、しかもあのお堅い古い体質の処はどう考えても 自分に合わないことは明白だった。 それで私はセンター長に、ありがたいお話ではあるが、行きたい業種が あるので、そこを最後まで受けさせてくれ、それまで話を保留させてくれと 頼んだ。 さて、面接が進んでいた2社である。 どちらも筆記の後、複数回の面接があった。 自動車メーカーではプレゼンをやらされた回もあったなあ。 PCでPower Pointを使って…なんていう時代ではなく、模造紙を使って 何かやった…いやPCで一応図を作っていって、それを紙に出したものを 使った…? どちらも最終まで進んだだけあって、後から考えるとどの面接も手ごたえはあった。 日系IT企業では部長クラスだか役員面接だかで、「『インターネット』って 何ですか」と尋ねられ、最初は、えーっと米国の大学研究機関が由来で 通信にほにゃららを使って…と答えかけて、あっ、違う!と気づき、 インターネットというものの今後の可能性とリスクについて自分の考えを 端的に述べたら、面接官がにっこりしていた覚えがある。 あと「インターネットの掲示板で弊社を受けている学生があれこれ 情報交換しているようですが?」とカマをかけられ、さわやかな笑みを 途切れさせず「ワタクシはそういうものについて存じませんのですが、 そういうものがあるのですか」と答えたツラの皮が厚い私である(笑)。 いや本当に知らなかったんだけどね。 ま、いわゆるネット掲示板のはしりですな、今考えると。 自分の強みといえば語学力だったので、就活中に急いでTOEICを受け、 1回目で870点ほど、2回目で910点を取った。 それくらいしか対策はしていなかったとずっと思っていたけど、 よくよく思い出してみたら、コンピュータや情報処理の歴史とか インターネットの歴史など、本を幾冊か購入してちゃんと予習したのだったわ。 それにしても、英語専攻でもなく、受験勉強以来、英語といえば第二外国語で ただ単位を取るために授業に出ていた位しかやっていなかったのに、 よく2回っきりの受験でTOEIC910点なんて取れたなあ。 (「ビジネスパーソンとしての英語」については書き始めると長くなるので 別記事で書こう。そうしよう。) しかし日系IT企業では英語を使う機会など殆ど無いだろうと予想し (そしてそれは当たっていた)、外資系ITに落ちた今、自動車メーカーの 海外営業に何としてでも採用されたい!!という気持ちになっていた。 日系IT企業は順調に最終面接を終え、最後に人事の責任者に呼ばれ、 口頭で内々定を告げられた。当時は確か、「内々定解禁日」という 明確な日は無く、正式な内定を出して良い「内定解禁日」は今と同じ10月1日だった。 この時呼ばれたのは5月だった。(今のような「6/1就活解禁日」という ものも無かった。) この時点で、自動車メーカーは最終面接の結果待ち状態だったと思う。 どうしてもそちらを諦めきれず、超買い手市場だというのに、大胆にも 実はもう一社結果待ちをしているので、返事を保留させて欲しいと頼んだ。 返す返すも怖いもの知らずの就活生だわ。 ここで「他社に未練があるならあなたは要りません」と言われたかもしれないのに。 さすがにそこで、じゃあさようならとは言われず、人事には「ぜひうちに来て欲しいのは 変わらないので、他社の結果がわかったらすぐ教えて。うちに内々定したことは 確かだから」とだけ言われ、帰された。 それから数日後。自動車メーカーの人事から電話があった。 最終面接の手ごたえはものすごく良かったので、私は絶対内定が取れると 信じて疑わなかった。 にこやかに話し始めた人事の声はしかし、内定を告げることはなかった。 正直、ショックで震えた。 それでも泣きだしそうになるのをこらえて、なぜ不採用なのか差し支えなければ 教えて欲しいときいてみた。 いわく、私が非常に優秀な人であることは承知しているし、もう少し多くの 人数を取るなら絶対採用したのだけれど、「英語ができる人」というのは他にもいて、 プラス他の外国語ということで考えた場合、今欲しいのはアジア系の言葉ができる人だ、と。 確かに日本のメーカーが人件費の安いアジアに製造拠点を増やしている時期だったし、 私はアジア系の語学ができるわけでもないし、と思うと納得するしかなかった。 イタリア語はつくづくビジネスで得なことは無いな、と最初に実感した瞬間だった。 その後、同じことを何度も実感することになるのだが、私は自分の選択を後悔はしていない。 (デーモン閣下の考えに直に触れた高校2年の時から、選択できるものから 何かを決める時は、必ず「これは自分が後悔しない選択肢か?」を自問してから 物事を決めるようにしてきたのだから。) 最後にほろ苦さを残して、私の就職活動は終わりを告げた。 アルバイト先の某金融機関には断りを入れ、唯一内定が取れた日系IT企業に 入社の意志を伝えた。 余談だがコールセンター長は断りを入れた時、私の内定先の社名をきいて、 おめでとうと言いつつ、納得のいかない顔をしていた。 こんな有名優良企業(=某金融機関)に入れるのを蹴って、なぜそんな処に 行くのかと言いたげだった。 が、私以外のバイト仲間就活生数名は結局、他で内定が取れなかったらしく、 全員そこにコネで入ったのだが、彼女らの話を後でちらっと聞いたら、 東京が自宅なのに全員、女子寮に入れられ休日の外出まで届けが必要なガチガチの 管理をされていると聞いて、入らなくて良かったと心底思ったものだ。 こうして「ご縁」があった最初の会社。 ここがビジネスパーソンとしてのキャリアのスタートである。 「新入社員編」(予定)に続く。
by pino-ombra
| 2017-07-11 23:56
| ワーキングマザー
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